
トンネルのむこうは
不思議の町だった。
ありえない場所があった。
ありえないことが起こった。
10歳の少女千尋の迷い込んだのは
人間が入ってはいけない世界。
驚きと不思議の町で千尋が知るのは
大きな無力感と……小さな希望。
名前を奪われて、
千尋は「千」という名で働くことになる。
眠っていた千尋の“生きる力”が
しだいに呼び醒まされてゆく。
「不思議の町」の千尋
宮崎駿監督の待望の新作「千と千尋の神隠し」は、現代日本を生きる10歳の少女・千尋が主人公です。千尋は裕福な家庭で大切に育てられたひとりっ子。無愛想でわがまま、ちょっとだるそうな典型的な現代の子供です。両親と一緒に郊外へ引っ越す途中、千尋の一家は「不思議の町」に迷い込みます。そこは人間の世界の脇にありながら、この日本に棲むいろいろな神様やお化けが、疲れと傷を癒しに通う異世界の湯屋でした。湯屋は湯婆婆という強欲な魔女が支配しており、その世界では、人間はそのままでは消えるか動物になるしかありません。両親は「不思議の町」の掟を破ったために豚にされてしまいます。たったひとり残された千尋は茫然とします。ひとりで生きていかなくてはなりません。おまけに湯婆婆に「名前」を奪われてしまいます。自分が自分でなくなる不安に、千尋は恐怖感を覚えます。「千」(セン)という名に変えられて、働くことになります。千尋は懸命に働きます。こんなことは生まれてから10年間で、もちろん初めてのこと。怪しい神様やお化けに交じり、謎の少年・ハクや河の神と出会い、様々な経験とふれあいを重ねて働いているうちに、彼女の中に眠っていた「生きる力」が次第に目覚めてゆきます。
何重にも守られて育つ現代の子どもたちが、突然ひとりぼっちになったら?――その答えは、千尋の冒険の中に隠されています。はたして千尋は元の世界に帰れるのでしょうか。
「生きる力」を取り戻すこと
これまでの宮崎作品の主人公は、天真爛漫、明るく前向き、そして優れた能力を持ってもいました。千尋は正反対です。何の能力もないばかりか、受動的で、どうしようもない状況に陥って初めて、誰にも備わっているはずの力を取り戻していくのです。この宮崎版「不思議の国のアリス」ともいうべき物語で、千尋は自分探しをした訳でも成長した訳でもありません。ただ、自らに湧き上がった自分自身の「生きる力」に気付くのです。
21世紀を迎えたというのに、日本中まわりを見ると、みんなどこか浮かない顔ばかり。景気は長期的に低迷しているし、国のシステムも旧態依然、国民の政治不信……。子どもの世界に目を転じてみても、学級崩壊、いじめ、キレる子供、引きこもり、少年犯罪……。これも良くないキーワードばかりで、日本全体、どれも前世紀から積み残した課題だらけといった感じです。私たち日本人は、“失われた10年”と名付けられたバブル経済の後始末に追われた世紀末の10年間で、未来への明確なビジョンを描けぬまま、新しい100年に足を踏み入れてしまったようです。
自信をなくした私たち日本人がもう一度自らの「生きる力」を取り戻すこと――これが複雑な様相を呈する未来に立ち向かう、誰にでも出来るひとつの方法なのだ。そうこの作品は語ってくれます。
宮崎駿が「現代日本」を描く
「もののけ姫」は宮崎駿の到達点ではない。新たな出発点だ。――こう分析したのは、長年の盟友・高畑勲監督でした。「もののけ姫」は宮崎監督がそれまでの作品世界をあえて捨てて、自らのテーマに真っ向から挑んだ作品、つまりは新たな出発点だった、というのです。
毎年多くのハリウッド映画が公開され大ヒットしています。ハラハラドキドキ、巧みな伏線と多彩な登場人物、そして手に汗握るクライマックス……。しかしいつも同じパターンで、面白いけれど、通り一遍のメッセージしかないのでは、と私たちは気付き初めてもいます。
「もののけ姫」はじめスタジオジブリの諸作品が評価され、圧倒的多数の観客の支持を集めてきたのは、もちろんエンターテインメントとしての面白さにあることは間違いありませんが、それだけではなく、それぞれの作品の持つ時代性、メッセージ性がそこに加味されて、ハリウッド映画を超える作品群が出来あがってきたのです。
あれから4年――現代の熱血漢・宮崎駿は初めて今の日本を舞台にした作品に挑みました。そのテーマはさらに深化し、映像世界は新たな進化をとげ、その無限の想像力が「千と千尋の神隠し」という比類なきエンターテインメント大作を生み出したのです。
キャスト(声)
柊 瑠美
入野自由
夏木マリ
内藤剛志
沢口靖子
菅原文太
スタッフ
製作総指揮:徳間康快
監督:宮崎 駿
脚本:宮崎 駿
音楽:久石 譲
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